粗にして野だが卑では無くバイク馬鹿でもない

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zoom RSS コクタイとの出会ひ 今は昔 編(改)

<<   作成日時 : 2013/07/07 23:19   >>

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恩師が今年定年となった。

小学5年から我々はサッカーなるものを始めた。
サッカーとはなにするの?から始まる。そんな時代だった。
リフティングだって3回するのがやっとで10回できれば拍手ものだった。
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でもサッカーが何かは解らなくとも友達がみんな来てる。それが楽しくて放課後はボールを追っていた。

6年生になると中学校の話題が出る。
担任のヨーコ先生が「今度F中学に凄くサッカーが上手い先生がやって来たみたいよ。」
その一言で『サッカーのようなモノ少年達』は色めき立った。
「中学さ上がったらサッカー部に行ぐべな!」
それがオレたちの合言葉のようなものだった。

さて、全員坊主頭になったオラたち。
実は我々が入学した当時のF中学は全県でも有数の荒れた学校だった。
額の角がやたらと角が立って細っい眉毛、ぶっといズボンとトンがった靴を履いてる先輩たち。
やたらと長いスカートを引きずって薄っぺらいカバンを右手に引っ掛けたおねーさん達。
中でもサッカー部はそう言った「おっかない先輩」たちの集う場所だった。
ヤニ臭い部室に入るときは先輩に一礼して入るものだった。

そんな学校のそんなサッカー部にやってきたのが先生だった。
M県のサッカー競技国体代表選手という経歴。
渾名は「コクタイ」

授業がおわり昼休み。
コクタイは腹ごなしにボールを蹴り出しグラウンドの真ん中までやってくる。
そこでオモムロにボールリフティングを始める。
我々は10数回がやっと上手い奴でも50回行けば良い方。
しかしコクタイのそれは違う。
100回どころではない。両足でポンポン一定のリズムで何時までも続く。
足だけじゃなく胸や頭、体中の感触を確かめるように満遍なくボールを扱う。
当時としては「ネ申」レベル。
それだけで最早何も言えません。そんなレベルだった。

放課後。部活の時間。
そこではコクタイの真髄が発揮される。
吸い付くようなドリブル。針のようなパス。大砲のようなシュート。
まるで漫画のようなプレーの数々。
それらで件のおっかない先輩たちを翻弄するのだ。
ひれ伏するしかない。
が、それと同時に本物のサッカーに触れられる喜びも感じていた。

新人戦。
先輩たちや同期のレギュラー組が活躍して地区大会優勝。
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翌年の中体連(今の中総体)も期待は大。
そんな中コクタイが最も期待していたヤマジが病気で学校に来なくなった。

病気のヤマジに対して、おバカな私。
ちょっとした諍いからあれほど望んだサッカー部を止めてしまった。
現実とマンガの区別のつかないおバカな私。
愛読書「1.2の三四郎」よろしく柔道部で半年ほどプロレスごっこをして過ごした・・・。

格闘技のセンスが皆無な私。
2年に上がると再びサッカー部への復帰を試みた。全くおバカ・・・。
コクタイにサッカー部にも戻りたい旨を伝えると
「ははは、そうか。戻りたいのか。いいぞ。ただし新入生と一緒から始めるんだぞ。いいな。」
新入生たちとヒタスラ球拾いに明け暮れる毎日。それでも、もう一度サッカーをやりたかった。
サッカーがわからないまま、仲間たちとすれ違ったまま終わりたくなかった。

見込みのあるコバヤシ、サカイ、アッチャン、タカチャン、ヒサシ達は2年生でもレギュラー組で練習していた。
他の同期たちも準レギュラーとしてフォーメーション練習やミニゲームに精をだしていた。
私は球拾いや基礎連を後輩たちと明け暮れる毎日だった。

ある時コクタイに呼び止められる。
「nabe、ツカサのマークしろ。ストッパーだ。」
ツカサさんは不動のセンターフォワード。練習ではいつもあしらわれるのがオチだった。
「いいか、守備ってのはな、スペースを消すのが第一。相手にボールが渡る前にカットするのが第二。渡ったら体を寄せて前を向かせないのが第三。前を向かれたらサイドに追い込み時間を稼ぐのが第4。スライディングは最後の手段だ。いいな。」
それから兎に角ツカサさんのマークに精を出した。最初はかわされてシュートを決められた。
2ヶ月くらいで何とかついて行けるようになった。3ヶ月くらいで3回に一回位は抑えられるようになった。
一応サッカーらしい事が形にはなってきた。

先輩たちは地区大会優勝。
県大会でも準々決勝に進出。惜しくもベスト4進出はならなかった。
しかしサッカー不毛の地と言われた我々の町としては快挙だった。

そして我々の時代。
期待の同期と期待の後輩たちのレギュラー組。しかしその中に私はいない。
レギュラー組のゲームの相手を日々こなしていた。

雨上がりのある土曜日の部活。
レギュラー組と練習試合。サブ組の私はストッパーとして後輩のCFのミツルのマークを担当していた。
レギュラー組は中だるみの時期が来ていたのか少々精細を欠いていた。
その為かミツルを抑えきってしまった。
その日は我々サブ組が1-0で勝ってしまった。
コクタイはレギュラー組に「グラウンド10周!」を命じて帰ってしまった。
どえらいことになったな・・・。そう私は思った。

翌週の部活。コクタイから
「nabe、おまえはこっち(レギュラー)入れ。右サイドバックだ。」
レギュラー入りした嬉しさより戸惑いが大きかった。
(下手な俺が入ってイイのかよ・・・。)

サッカーというものを良く理解していなかった私は自分に出来るは何なのか模索していた。
ボールが来たらクリヤー。相手がドリブルしてきたらスライディングタックル。その繰り返し。
兎に角相手に仕事をさせない事だけを考えていた。
それはつまり自分もサッカーをやらない事でもあった。

大会も近いある部活のゲーム。
いつもの如くスライディングでボールを奪った私。
ところがボールはタッチを切らず足元にある。
すぐ起き上がり、このボールどうすっぺ?しゃねな、タカちゃんに渡すか。とパスをした。
するとコクタイのホイッスル!
やべー、また何かやらかしたべか・・・。そう消沈した私。すると
「nabe、それだ。それでいいんだ!」と思いがけない言葉。
てっきり怒られると思った私。何が起こったか理解できないでいた。
その意味はしばらく経った後に理解するのだが.・・・。

それから暫くたった大会も近いある日、ヤマジが亡くなった。
頭が良くてスポール万能。マラソン大会ではいつもベスト3に入っていた。
コイン収集が好きで話が面白い。でも時々俺をイジメていたw。
いつかは戻ってサッカーするはずだったヤマジが死んでしまった。

サッカー部の皆で通夜に参列。
アッチャンと私はナケナシノ小遣いでスパイクを買ってヤマジの柩に持たせた。
あの世ってよくわからないけど、向こうでもサッカーやってくれよ。

地区大会
当時は4チームしかなかったが、ヒガシ中が我々に立ちはだかる壁。ここは県内でも強いチームだった。
1回戦を勝った我々。ヒガシとの決勝。
コバヤシもヒサシもタカちゃんもマサユキも攻めあぐねていた。
サカイのドリブルも止められる。
ジリジリした時間が続く。ヒデトシ、ミヤブも必死のディフェンス。
緊張でガチガチの私。多分穴だったろう私のサイド。
頼むからボール来んな!来たらクリヤー。持たれたらスライディング。
一応は仕事はさせていなかった、ようだ。

そんな時アッチャンが左サイドからミドルシュートを打った。
苦し紛れのシュートだった。が、相手にあたりコースが変わった。
そのボールはキーパーの手をかすめてゴール右のサイドネットに吸い込まれたのだ。

何が何やらわからんが決まったぞ!
嬉しさというか勢いでアッチャンに飛んで抱きついた。
なんでこいつはフライングボディーアタックしとるんだ?
傍からはそう見えたな、あれはw。

勝った。勝った!
白黒の写真となったヤマジは笑っていた。


県大会まで約1ヶ月のある土日。
学校近くの神社で俺達は合宿を張った。
練習はキツかったが、晩御飯や就寝までの時間がこの上なく楽しかった。
練習で神経高ぶったのか、ハタマタ思春期の妄想なのか、病院近くの銭湯の洗い場で珍々おっ立てたヤツがいたっけなw。あんただよアンタ、と○○○んwww。

さて、合宿といえばカレーです。
お母さんたちの手作りカレーが美味しかった。
食欲無尽蔵な中坊どもは見境なく食べまくる。当然食い意地張った私もガツガツ食う。
とにかくとにかく腹が減った。

カレーをたらふく食って、ジャンプやらマガジンやらを読みあさって多少腹も落ち着いた頃。
コクタイが皆を集める。

「みんな集まったか。じゃあ黒板の前に集まれ。」
「ここで戦術というのをだな、確認しようと思う。いいか?」
「まずは守備とはだな・・・。中盤の役割とは・・・。で、フォワードの仕事とはだな・・・」

コクタイの講義は佳境に入る。それと相前後してカレーに満たされたお腹も佳境に入る。
(うわぁぁぁ・・・、腹下ってきたぁぁ・・・どうすっぺぇぇ・・・)
悪いことに講義中は所謂体育座り。お腹急降下には最も不利な体制。
されどもコクタイのレクチャーは続く。
お腹というかケツ穴締めるのに精一杯の私。気を紛らす為黒板を指すコクタイの指先に集中。
目はキリッと一点を見つめ、口は真一文字に結んで頬を紅潮させて聞き入る真摯な姿、
に見えたかもしれない。
その実、ケツ圧と戦っていた私。しかしその時は残酷にやってくる。

「いいか、ここで逆サイドを意識してサイドチェンジをすればだな!・・・」

         プぷぁぁーーーーっ・・・

その一瞬、コクタイと目が合った!(やべぇっ怒られる!!)
キッとその目が私を捕捉したその時。

「ふはははははは!!」

破顔一笑笑い出した。
釣られて全員が大爆笑。
当事者の私は声を出さず体で笑っていた。腹筋が痛かったw。
「だ、誰だww屁ぇこいた奴わwwwww!」
「じゃ、じゃあ休憩するか。皆んな便所行ってこいwww」
戦術確認は私の放屁で消し飛んでしまったのだった。

その夜は日中練習相手になってくれた先輩たちもやって来た。
高校生になって大人びた先輩たち。
ツネオさん、ケージさん、ハタさん、ヨシノリさん、ホンマさん、トクさん。
その夜は本当は飲んではいけない飲み物を呑みつつ語り合ったそうな。

それとは別に放屁の衝撃冷めやらぬ中坊ども。
緊張の糸が途切れたか、どいつもこいつもペープーペープー鳴らしながら夜ふかししたったzzz。


夏休みだったかどうか思い出せないが7月のある日だったと思う。
とうとう県大会のその日がやって来た。

S市の県営サッカー場。
土の硬い地面。あの時はやたらとそこが黒く途轍もなく広く感じた。
初戦はS市内の8k中。前年先輩たちが県大会でやられたチーム。
詳しい経過は思い出せないが確かコバヤシのゴールで先制するも失点して1-1の同点で延長。
決着つかずPK戦になったと思う。
多分私はいつも通りクリヤー&タックルで「相手も自分もサッカーさせない戦法」で過ごしたかと思う。
だって、それしかないんだもん・・・。

PK戦
主軸の5人+キーパーaobaに運命は託された。
コバヤシ、ヒサシ、ミツル、サカイ、タカちゃん、
タカチャン、マサユキ、コバヤシ、ヒサシ、サカイ。
タカチャン、マサユキ、ヒサシ、コバヤシ、ミヤブ。

最初のキッカーはタカちゃん。
冷静でクレバー。柔らかいタッチで中盤を構成する貴公子のようなプレー。
婦女子が夢中になるそのプレースタイルのタカちゃんでも緊張が見えた。

「タカちゃん!相手、大根だど思え!!」

思わず口から出てしまったその言葉。脱力系のその言葉。
今思っても良くぞまぁ、そんな臭ぇ言葉が出たもんだと思うが、それで緊張が抜けたらしい。
多分コイツ馬鹿かぁwと思いながら蹴ったであろうその一発で我々は勢いがついた。

次鋒マサユキが決めて、ヒサシも続く。
キーパーaobaここで奮起、1本止める。
だが、しかし試練というものはついてまわる。
ムードメーカー、コバヤシが外す・・・。嫌なムードメイクをしてしまった。
そんなプレッシャーを相手も感じたのか枠外にハズす!
F中リードのまま最後のキッカーへ。
最後はミヤブ。ベビーフェイスながらも喧嘩上等のガッツの持ち主。
コクタイはそんなメンタルの強さを見抜いていたのかもしれない。
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右サイドネットを射抜いたミヤブの一撃で我々は次のコマへ進んだ。


2回戦
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当時、芝のグラウンドはココしかなかった。
競輪王国と言われたM県が誇る県営自転車競技場。
相手は隣町のN中。

世間知らずの私。
S市の連中は手強いが地元じゃ俺らが一番強い!と勝手に思い込んでいた私。
クリヤーとスライディングしかないくせに。
されどN中、県大会に進むチーム。甘くは無い。

舐めて入ったゲーム。相手はそこに漬け込む。
プレーが空回りする。もがくほどそのズレは大きくなる。
そこを突かれてピンチを招く。

後半、コクタイから交代を命じられる。
それの意味はわかっていた。情けなかった。

結果はコバヤシのヘッドとヒサシのゴールで勝った。
名マネージャー・フジモトが掲げるヤマジの遺影も誇らしげだった。
しかし、ヤマジの写真と向き合う事は私は出来なかった。


準々決勝
S市から山間に近いAYSのグラウンドでその試合は行われた。
相手は優勝候補のYRAG中。東北選抜の猛者を擁するそのチームと相対することとなった。

前試合で交代を命じられたが、この試合のスタメンにコクタイは私を指名したのだ。
ここまで来たらヤルだけやってやらァ!
クリヤー&タックル戦法で今まで乗り切った私はゲームに望んだ。

しかし厳しい現実に直面する。

優勝候補と言われるYRAG。東北選抜のOBAさえ押さえればなんとかなる。
そう考えた私のスイートな期待を打ち崩すには、さほど時間は掛からなかった。

目の前に現れる敵全てがこれまで対戦したことが無いハイレヴェルな奴ら!
タックルすればヒラリと五条大橋の義経の如く逃げられる。
ならばと待てば変幻自在のドリブルで翻弄される。
全てのプレーが異次元だった。

(くっ、苦しい!!!!)

思わずその言葉が出かかった。

ハーフタイム。
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1点のビハインドを負っていた。
疲労というより手に負えない徒労感に打ちひしがれた私。
(せ、先生!オラを交代してけろ!!負けちまう!!!)
そんな負け犬の声に押しつぶされそうな私だった。
しかしコクタイは私を交代しなかった。

後半
戦況は変わらない。
翻弄されるDF。ミヤブが懸命に耐える。アッチャンが必死で追う。ヒデトシがカバーする。
皆全てを出し切っていた。
そんな時、ヒデトシのクリヤーがこっちに飛んできた。

しまった!

件の東北選抜OBAが軽くトラップ。寄せに行った我々を難なく交わして素早いシュート。
キーパーaobaの伸ばしたその手をかすめてゴールが割れた。
これでジ・エンド。
0-2
俺たちとヤマジの夏は終わった。

試合後の挨拶が終わりベンチに戻る。

ムードメーカーのコバヤシ。
いつも強気でサラブレッドのヒサシ。
冷静なタカチャン。
全力蹴球のサカイ。
オチャラケのマサユキ。
エロ話が得意のテクニシャン・ヒデトシ。
ガッツが心情のミヤブ。
体力と踊りが自慢のアッチャン
不器用だがいつもゴールを守ったaoba。
サブだったけど練習では苦しめられたイナゴ&マサオ、ハシメ。
そして地道にマネージャーを勤めたフジモト。
その腕に抱かれた白黒写真のヤマジ。
皆声をあげて泣いていた。
こいつらこんなに泣くことがあったのか!って位、みんなが泣いていた。

されど泣けなかった男がひとり。
私だった。
余りの力量差に泣くことすら出来なかった。

無力感に苛まされた私。いや、多分何処か他人事だったのかもしれない私。

帰りのバス。すすり泣きの中をバスは進む。
泣くことすら許されなかった私は只流れゆく町並み、田園風景をぼんやりと眺めていた。


後日、YRAGが優勝した事を知った。
決勝でも5-0の大勝。圧倒的な優勝。
YRAGの大会を通しての最少得点は我々F中サッカー部の2-0だった。
結果から言えば善戦なのだが、点差以上の圧倒的な差はあった。
しかしその点差が我々の唯一の誇りだった。


部活が終わった私。
高校受験に邁進!、する事はなく普通にやれば高校は受かるとタカをくくっていた私。
その頃何故かサッカーが楽しくなっていた。

部活から開放された遊びとしてのサッカー。
勉強に飽きた連中が誰ともなく集まって放課後に後輩たちに混じってボールを追う毎日だった。
コクタイも、お前らまた来たのかw。と笑って迎えてくれた。

大会の時はガッチガチのクリヤー&タックル戦法オンリーだった私。
放課後サッカーでは攻撃参加に目覚めた。
インターセプト!
奪ったボールをハーフに預け右サイドを駆ける。
ウイングが開けたスペースに走り込みボールを受ける。
オーバーラップ!
そのままスピードに乗って相手陣内に攻め入りセンタリング。
又は一気にゴールエリアまで侵入して右斜め45度からシュート!
その快感に酔いしれた。
お前、なんで大会でそれをやらんかったのだw、とコクタイは思っただろうw。
とにかくその頃の放課後サッカーが堪らなく楽しかった。


高校に入ったものの井の中の蛙の私は様々な困難に直面し、挫折した。
高校のサッカー部の先生は懸命になってくれた。
しかし、コクタイの指導と比べれば素人なのはガキの私でも判った。
部内に満ちている雰囲気。それは中学時代のあの熱さに程遠かった。
私自身も熱さを失っていった。
2年の夏。とうとうサッカー部を辞めてしまった。


私のみならず日本のサッカー全体が熱さを失っていた時代。
そんな中、新進気鋭のプロ選手、カズの鮮烈なゴールをTVで目撃して日本のサッカーの夜明けを感じたある時。
大学時代の同級生から声をかけられる。

「nabe、お前サッカーやってたって言ってたよね?うちのチームに来てみない?」

サッカーつったって高2で辞めたしな。出来っかな、俺?
と思いつつ、東京江戸川河川敷にやって来た私。
久々のサッカー。見知らぬ人々。伊豆大島のチーム。
その中で我武者羅にボールを追いかけた。
怠惰な暮らし。ヤニで汚れた体。倒れそうになりながらボールに足を伸ばした。
そこで頭の中に響いてくるのは、坊主頭の頃に聞いたコクタイの声だった。

江戸川河川敷でボールを追っていた頃。
周囲との連携がようやく取れてきた。
そんな時ふと頭に浮かんだのは
「nabe、それだ!それでいいんだ!!」
とホイッスルでプレーを止めて私にかけたその言葉だった。
その時やっと判った。
サッカーとはパスゲームであると。
鈍すぎるぞ、俺ww。


地元に帰って10余年経ったある冬の日。
今では「代表」と呼ぶことが多いコバヤシが言う。

「コクタイ今年で定年なんだ、皆で謝恩会やんねが?」


F中サッカー部久々の大一番であった。


以下次回に。



















余談だが
YRAGとは宮城県名取市の閖上中学校。
今回の震災大津波で壊滅的被害を被った、まさに其処。
津波の瓦礫で埋め尽くされたその場所の映像を見る度、あの試合を思い出す。
津波に例えるのは不謹慎かもしれないが、
閖上イレブンの圧倒的な攻撃はあの時の我々にとって正に津波のようだった。
恐怖すら感じていた。それぐらい上手かった。
あの時の彼らはどうしているのだろう?あの時のあの試合。
彼らは思い出す事はないだろうけどね。
改めて閖上地区でお亡くなりになった皆様のご冥福をお祈りすると共に
被害に遭われた皆様の復興を強く祈願いたします。



















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自己レスです。
書き直しましたところ設定上の理由から頂いたコメント消えてしまいました。ごめんなさい。ご指摘受けた箇所や自分的に気に入らなかった箇所を直しました。ま、文章全体は大きな変更はないのですが。
nabekoshi
2013/07/07 23:39

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